2007年06月27日

いわき市の歴史

大化の改新の前頃
常陸国(ひたちのくに)に所属し現在の日立市を道前(みちのくち)、双葉郡大熊町を道後(みちのしり)とした。

大化の改新の後
常陸国北部を多可郡(たかのこおり)と石城群(いわきのこおり)に分けられる。
陸奥国(みちのおくのくに)略して”みちのく”に編入され「石城」を「磐城」と改名。

平安京の頃
蝦夷征伐の戦功と土木・勧業に功績ありとして磐城群大領(いわきのこおりたいりょう)一族に「安倍磐城臣(あべのいわきのおみ)」の姓を賜った。

平安京の後期
常陸平氏の流れを汲んだ岩城氏がいわき地方に勢力を得る。
平泉政権を背景に開発を通して古代磐城氏を圧倒し、地頭領主化していく。

鎌倉〜室町時代
源頼朝の奥州征伐にて岩城氏も功により本領は安堵される。
その後、最盛期を迎えるが、常陸佐竹氏へ従属化。

戦国時代
小田原城攻めで豊臣秀吉に謁見し領土は安堵される。
関ヶ原の戦いで石田三成に加担、徳川家康に降伏したが除封されお家断絶。
常陸佐竹氏の家来として秋田亀田に再封された。(明治まで残ったらしい。)

江戸時代
・鳥居氏、入封。(伏見城での功により。)この時、磐城城築城(現在は残っていません)。その後、山形へ転封。
・内藤氏、入封。その後、延岡へ転封。
・井上氏、入封。その後、浜松へ転封。
・安藤氏、入封。井伊大老亡き後、主席老中までになったが...現在は『松ヶ岡公園』に銅像があります。

幕末(戊辰戦争)
奥羽越列藩同盟として西軍と決戦。鳥居氏築城から260余年を経て、いわき平城落城。

現代
昭和28年、1市9町22村から昭和31年、5市3町4村へ整理統合され
昭和41年、5市(内郷市、勿来市、常磐市、磐城市、平市)4町(四ツ倉町、小川町、遠野町、久ノ浜町) 5村(箕輪村、赤井村、三和村、好間村、大久村)が大同合併し現在のいわき市が発足しました。

「いわきの歴史」より
posted by sky at 14:59| いわき市の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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